2022-05-17 投稿

他者との競争は消耗戦なので、「自分だけの幸福」を追求しよう

レースに参加させられていることに気づく

学歴や成績、就職先や年収、恋愛や結婚、など。この社会では自動的に競争に参加させられる。 SNSでの映え投稿や発言をとってみても、「私はこんなに幸せです」「有意義な人生です」と声を大にしていう大会に見えたりもする。 そうやっていつも何かと闘わされている。日常的にそういった光景を目にし、そのレースの中に自然と参加させらる。そして時々息苦しいなあと感じる。

「優越感」「劣等感」という麻薬

スポーツやゲームでも、勝負に勝つというのは気持ちのいいことで、ヒトはそういう性質を持っている。 さらに**「優越感」「劣等感」という感情が、その勝負の結果を自分自身の価値と結びつけた時に生まれる。** これは非常に大きな力を持っていて、これらの感情のために人生が大きく左右されることがある。 その結末は生産的にもなれば、破壊的にもなりうる。

「優越感」「劣等感」は麻薬である。 勝っている時は楽しい。もっとやりたいと願う。負けたらもちろん悔しい。そしてまた勝利の感覚を味わうために、なんとかしようとする。 そしてそれこそが人生の醍醐味だと錯覚することもある。

勝負の世界では、勝ち続けることはできない。何かの勝負で勝ったとしても、そこで人生は終わりではない。レースは延々と続く。 日本には一億人超、世界には何十億人もいるなかでまず勝てないし、さらに寿命には絶対に勝てない。 他者との比較を幸福の物差しにすると、どこかで自分が心地よい井戸を探し出し、その中の蛙に甘んじなければ幸福を保つことができない。

幸せのためには「人と比べない」の真意

幸福の秘訣は「人と比べないこと」、これもよく言われることだ。 大きく落ち込まないためには、他者との関係性に自分の価値を左右されない、ある程度自分でコントロールできる必要がある。

勝負が好きな人はいるだろう。私も自分の得意分野ではそうだ。比較することそのものが悪いのではない。比較や競争は成長の材料である。 勝ち負けで生まれる感情は劇薬なので、「自分の価値」「自己肯定感」と結びつけると危険である。 適度なお付き合いを心がけるのがいいだろう。

Personal Well-being(自分だけの幸福)

人生のどこかの段階で、その評価軸を「他者との比較」から「自分だけの幸福」に移す必要がある。 自分が好きなことをみつけ、それを「他者との比較ではなく、」自分が達成したことに対して幸福を感じるのだ。 誰かにその姿を見てもらう必要はない。 もちろん、たまたま見てもらえることはあるが、それはただ享受すれば良いし、それに依存してはならない(またレースに引き戻される)。

「自分だけの幸福」を作っていくのは、とても創造的で楽しいことだ。 家庭菜園でも、プラモデル作りでも、子どもたちとの遊びを作り出すでもいい。 誰かが作ったルールに従う必要はなく、自分から生まれたアイデアを頼りに、創意工夫をすることができる。幸福感の自家発電ができるようになる。

他人から価値がないなどと批判を受けとめる必要は全くない。あなた自身に価値が感じられればそれで良い。 (そしてそれは、他者から見ても関心を惹くことであったりもする。他者に目を向けないことで、逆説的に、他者の関心を得ることになることがある。) 自分だけの幸福を追求しよう。