2023-05-18 投稿

人間関係の「あそび」が心をラクにする

人間関係が疲れる、辛い理由

筆者は人間関係が「下手」なほうで、人付き合いは「非常に疲れる」と感じる人間である。
そんな中、ふと上手な人をみていて、そういう人たちは「あそび」を無意識に使っていると気づいた。

ここでいう「あそび」とは、例えば自動車のハンドルを切っても最初のうちはタイヤが直接動くわけではないように、安全のために急に変化しないようゆとりを持たせる仕組みのことである。

人間関係に「あそび」がない人は振り回される

人間関係が下手な人、距離感が取りづらい人は「あそび」がない。

なんとなく相手の雰囲気が悪いから過剰に警戒してしまうとか、そして自分は傷つけられたと解釈して「反撃」しはじめることもある。
あるいは、ちょっと優しくされたから直ぐに好きになってしまうとか、いやいや相手は自分を騙そうとしているはずだと捻くれてみたりするのである。

相手の一挙一頭足に過剰に反応してしまうので、結果、へとへとに疲れてしまう。そうやって人付き合いに苦手意識が生まれる。挙動が奇妙になり、引きこもってしまったり、悪く出ると周囲に迷惑を引き起こす恐れもある。

何かとコミュニケーションが求められる現代社会では非常に生きづらさを感じさせられてしまうのである。

あそびを持たせれば心も楽になる

人間関係が上手な人は、相手の行動を過剰にうけとらない。全く受け取らないわけではないことがポイントである。

人の好意を受け取っているが、だからと言って直ぐに舞い上がるわけではなく、そういうこともあるかと軽く受け止める。
ある意味、話半分に受け取るということだが、それが人間関係における「あそび」であり、潤滑油になる(かといって不真面目というわけではない)。

また人に嫌われたからと言って、狼狽することはなく、そんなものか、それなら仕方ないと自分からアクションすることを控える。人付き合いが下手な人と違って、わざわざ卑屈になったり危害を加えたりすることもない。

「あそび」のイメージトレーニング

筆者を含め「人付き合い下手さん」のために、直ぐに「反応」してヘトヘトになってしまうことを防ぐための「あそび」を手に入れるイメージトレーニングの例を残しておく。

コップの水

嫌なことを言われて苦しい時、逆に心躍ることを言われて嬉しい時に、コップをイメージして、そこに水を注ぐ。

コップの水がいっぱいになるまでは、その感覚に溺れずに、立場を「保留」にする。

野球

自分がピッチャーとしてマウンドに立っているイメージする。 相手が打席に立っており、その反応に違和感や期待を抱いたら、カウントを取る。

相手を見極めながら、「三振」なのか「ヒット」なのか、はたまた「フォアボール」か、というように最終的に立場を決める。

うまくいかない、それでいい

人付き合いはうまくいかないことも当然ある。 関わる相手も状況も変わるので、100点を取り続けることは不可能なのだ。意図せず怒らせてしまうこともあれば、人の親切に触れる機会だってある。

60点か70点くらいを目指せばいいかと、気楽な立場でいる方が、人間関係はうまくいくし、自分自身も圧倒的にラクになると思うのである。