2023-06-10 投稿

「スキップとローファー」と「愛され貯金」の話

(本ページは後半にネタバレを含みます)

漫画「スキップとローファー」を読んだ

心が潤う高校生の日常漫画である。
2023年現在も連載中で、6月時点で8巻まで発売されている。

以前から見かけてなんとなく気になっていたが、今回手に取ってみた。

高校で上京した、ちょっとズレてる・でも真面目な主人公が、 友達や家族と時間を共にしながら学び、成長していくストーリー。
主人公だけではなく、その周囲の各人にもスポットを当てられていて、 それぞれのキャラクターに立体感がある。

リアルな10代若者たちの振る舞いを表現しつつも、 漫画らしく、でも自然なデフォルメがされていることで心地よく読める。

青春もあり、でも創作ドラマのように過剰に演出されるわけでもなく、 日常にありふれていそうな、人間同士の感情や思考のやり取りが魅力だと感じる。

最近、こういう話が好きなんですよ。

能ある鷹も狼狽する

主人公の美津未は、T大(おそらく東京大学)出の官僚を目指しており、 実際そのために学年でもトップの成績を残しており、努力を欠かさない。生徒会長になることを見越して、1年生のときからその活動に携わっている。

いっぽうで、人間関係の些細なことにつまづき、そのたびに絶望したり狼狽したりする。 自信家ではあるが尊大というわけではなく、年齢相応の感覚も持っており、そこから生まれるギャップが魅力にもなっている。

若い頃から将来の大きな目標を立てて、そこへの道筋に向かってやるべきことを地道にやっている。 その途中でいろいろ悩むことはあっても、そこがブレないので、好感が持てるし、応援したいという気にさせてくれる。

無条件に愛されてきた量が、人間関係や恋愛を大きく左右する

(以下、ネタバレを含むのでご注意ください)

















この作品のヒーロー(ヒロイン?)的立場の存在が、志摩くんである。
実際コミックスの表紙は美津未と志摩くんの2人固定である。この2人の関係性がひとつの軸にストーリーが進んでいく。

この二人は当初から好感を持ち合っているが、時間が経つうちに関係性が進展する。 しかし、そこで少しすれ違いが生じてしまう。

美津未は、自分の主張をしっかり持っていて、 それを表現することで周囲に波風が立ったり、嫌われたとしても、それはそれで仕方がないと思えるタイプ。

対する志摩は、
周囲に嫌われないようにうまく人間関係を繕いながら、付かず離れずの関係を築くことで心の平安を得ようとするタイプ。

愛からくる行動を主張する美津未に対して、無力感を感じる志摩。
その背景として描かれているのが、周囲(特に親)から愛されて育ってきた経験である。

親や家族から充分に受け入れられてきた経験があると、
その後の人間関係に対してある程度自信をもって向き合うことができる。 最終的に拠り所にできる、戻れる場所があるからである。

美津未の場合、地元の家族や親友たち、叔母(叔父)のナオからそれを受け取ることで、 何があっても自分は大丈夫といったような土台があることで、どんな相手にもある程度安定して向き合うことができる。

志摩は、自分の本心を表現することを母親から拒絶されてきたことがあり、素の自分を出すことに自信がない。 その容姿を生かして、相手に心地よく思ってもらえる自分を演じることで心の平安を得ている。

志摩には、人に嫌われてまで誰かを愛する余裕はない。 自分の土台となるところにポッカリ穴が空いている状態なのである。
そこに、心の平安を得ている周囲の関係まで崩してしまうような、行動を要求されると困惑するわけである。

「愛され貯金」の絶望的な差

容姿やスポーツの才能、成績、面白さやセンスなどは、目に見えて分かりやすい。
しかし、前述のような愛されてきた土台、いわば「愛され貯金」は目に見えないので、一見分かりづらい。

愛され貯金に差がある人が接近すると、違和感を感じ、ひどい場合嫌悪感すら感じることがある。

貯金がある人にとっては、なぜ愛に基づく行動ができないのか、という疑問や不満。
貯金がない人にとっては、自分はどうせ受け入れられないという卑屈さ、または相手の立場までも考慮する余裕のなさ。

お互いの手の届かなさが、関係をギクシャクさせてしまうことになる。

実際のところ、生育的な問題が大きいにもかかわらず、こういった問題はとてもありふれている。 目には見えないけれど、近くにいる人が、自分と同じように貯金を持っているとは限らない。

だから、難しいけれど、背景が違うもの同士、時間をかけて互いを理解し、信頼していくしかないのである。

貯金がある人は、愛のためにできることを表現して、また自分がそうされてきたように、相手を変わらず受け入れ続ける姿勢。
貯金がない人は、人生の中で自分なりになんとか愛を稼ぎ出し、受け入れる力を付ける。また、受け入れてくれる人を見つけ出すこと。

誰もが抱えることのある、でも人生における大きなテーマの一つだと思える。

ちなみに物語では、美津未は志摩にどんな形であれ好きだということを志摩に伝える。
そこで、志摩はやっと微笑む。

「自分が理解できないこと」を理解しようとする姿勢

人生において、自分の正しさに照らし合わせると、わけがわからない主張を聞くことがある。
私にとっては過激な環境活動家や、他国を侵略する独裁者などもそうである。

そのような到底受け入れられない立場の人あっても、背景には見えない何かがあるのかもしれない。 私が持っている貯金や培っていた価値観を大事にしながらも、それらをどこかで理解しようとする姿勢は、一定持ち続けていたいとは思うのである。